今まで秘密にしていましたが、私には子どもが2人います。

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昨日までタイに行っていました。

見たくもないホラー映画を見させられた香港へは2泊3日。

そして帰国翌日にヤボ用でタイへチクと2泊3日。

今週は、実に楽しい海外旅行ウィークです。

つまるところ香港もタイも遊んでばかりでしたので、

「いよいよ今日から仕事をせにゃならんのう。」

と意気込んでいますが、
いかんせん人生空回り気味の私は、
やっぱり気ばかり空回ってトンと仕事が手に付かず、
本を読んだり、
YouTubeを見たり、
EAのポートフォリオを組み直したり、
今年の残り4ヶ月をどう過ごすかを考えたりして、
私が仕事をしたい気になる「その時」を静かに待っています。

「熟さない機は熟すまで待つ」

・・・という、完全に「時間」依存の戦略です。

あるいは「徳川家康」戦略とも言えるでしょう。

・・・あ、失礼。

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」戦略です。

とまあ、改めて西ヤンの自堕落っぷりを開示したところで、
タイの話に戻ります。

しかしタイはステキな国です。

何が良いってタイ人はいつも幸せそうなところがです。

国民が幸せに感じている度合いを計る指標は、
調査機関によっていくつかあるようなのですが、
ある調査機関に調べでは、
タイ人の実に8割が、自分のことを幸せだと感じているようです。

なるほど、街を歩くタイ人はいつもニコニコ幸せそうです。

アジア特有の難しい顔はタイ人にはあまり感じられません。

タイ人と話していると、
他人の幸せを自分の幸せに転嫁できる人が多いように感じます。

また、物事を楽観的に捉える人が多いようで、
よい意味で変な気負いも責任感もなく、毎日が本当に楽しそうです。

一方で。

同じ調査機関の調べでは、
自分のことを幸せだと思っている「日本人」は3割くらい。

タイ人と比較すると、
だいぶ自らを不幸だと思ってしまっているのが日本人です。

勝手な西ヤンの憶測ですが、
恐らくは「目の前の現実」に対する捉え方が、
日本人とタイ人では違うように感じます。

例えば日本人は、「お金がない」という現実を、
「不幸」と捉える人が多いかもしれませんが、
タイ人は、「お金がない」という現実だけをもって、
「不幸」と捉える人は必ずしも多くない気がします。

無論、お金が人生の「幸不幸」に与える影響は大きいでしょう。

お金がないことで、よい生活ができない。
お金がないことで、欲しい物が買えない。
お金がないことで、行きたいところにいけない。
お金がないことで、家族を幸せにすることができない。
お金がないことで、周囲の人と比較して卑屈になってしまう。

しかし、お金があるかないかそんなことは関係無しに、
自分が満ち足りた人生を歩めれば良いわけです。

だって、別にお金がないことそのものが不幸か?と言えば、
それそのものは不幸なことではありません。

「金」とか「物」とか、まわりの人と比較するものではなく、
ただただ「自分がどうなのか」を考えたときに、
「自分は幸せだ!!」と感じれば良いのですから。

だから、自分にお金があってもなくても、
どうせ感じるならば、自分は幸せだと感じた方が得だと思います。

自分の幸せなんぞ、お金の量で決まるのではなくて、
日々、何をして、何を感じ、いかに心豊かに過ごせるか?
で決まるのですから。

すべては自分の考え方次第です。

「自分の幸せ」を「お金の量」で決められてたまるか!

・・・ですよね。

もちろんこれは「お金」を例に取った話ですし、
「自分が不幸せに感じる理由」はもっとあるかもしれません。

しかし、人は考え方次第で、
いくらでも満ち足りた生活を送ることができますし、
いくらでも不幸のどん底の生活を送ることもできます。

仮にどうしてもお金が無ければ不幸に感じてしまうのであれば、
寝るヒマを惜しんで体を使って働くか、
脳ミソからミソが出てしまうくらいに頭を使ってお金を稼ぐ方法を考え、
それを全力で行動に移し、お金を稼ぐだけ稼いで、
稼いだお金に囲まれて幸せを感じれば良いだけです。

そうです。

こと「お金」について、幸せになりたければ、

・お金がなくても幸せであるように考え方を変えるか
・お金を稼ぐための行動するか

で、一発、問題解決できてしまうわけです。

・・・とまあ、西ヤン風情がエラそうに、
人の幸せを語ってしまいましたが、
お金に対する考え方を変えて幸せになれるのであれば、
チクとタイ人の考え方を取り入れて、
とりあえず今すぐ幸せになってみると良いと思います。

で、心の幸せをつかんだら、
ゆっくりと「お金」を稼げば良いのではないかなと。

こんな風に西ヤンはタイ人をリスペクトしているのですが、
実はそれにはキッカケがありました。

冒頭でもお伝えしましたが、
私には子どもが2人います。

失礼。

リアル子どもではなく、里子です。

現在、タイに2人の里子がいるのです。

これはあまり一般的には知られている話ではありませんが、
タイ国内には「人種差別」が存在します。

タイでは人口の75%を締める「タイ族」が、
国家の中枢や企業のトップを占めます。

そして、中華系、マレー系、インド系など、
タイで生きる他国の人種が存在し、人口の20%強を占めます。

それ以外に、タイ北部、
つまり標高500から1500メートルの山岳地帯、
ミャンマーやラオスの国境付近に住む「山岳民族」が存在します。

「モン族」「ラフ族」「カレン族」「リス族」
などがそれにあたります。

「タイの山岳民族」というくくりで100万人前後、
人口の1.5%くらい存在すると言われています。

有名なところで言うとカレン系諸族の「カヤン族」は、
女性が首に真鍮リングをまとうことから、
首長族などと呼ばれたりしています。

あなたもテレビなどで
ご覧になったことがあるのではないでしょうか。

かつて山岳民族は、焼き畑農業を生業として生活していました。

しかし、1980年代後半、
タイ政府の森林保護政策により、森林の伐採、焼畑が禁止され、
定住を余儀なくされてから、彼らの生活は一変します。

かつてのように肥沃な土地を求めて自由に移動することができず、
限られた土地で連作を繰り返さなければならないため、
収穫量が極端に低下し、生活は苦しさを増していきました。

これが現在につながる山岳民族の貧困につながっています。

また、驚くべきことに、
タイの山岳民族の約4割が国籍を取得できていません。

タイに住んでいるにもかかわらず国籍を持っていない。

そのため、彼らは、
正規の教育や医療サービスを受けることができないばかりか、
就職への制限、他県や他市への移動さえも禁止されています。

悲しいかな、タイ国内には「人種差別」が存在するのです。

まともに就職ができないと、どうなってしまうのか。

はい。

売春や麻薬の運び屋にならざるをえない人々が増えてしまいます。

バンコクやチェンマイなどの売春宿には、
多くの山岳民族の女性がいるのが現状。

加えて、90年代にタイを襲った爆発的なエイズ感染により、
多くの山岳民族がエイズに感染し命を奪われました。

また、タイ当局は薬物犯罪を厳しく取締まっていて、
違反した場合の最高刑は死刑です。

こうして、親を失ったたくさんの山岳民族の子供たちが残されます。

多くの子供たちがエイズで親を失い、
あるいは麻薬の売人や幼児売春の危機にさらされ、
国籍のないままの状態にあります。

・・・で、西ヤン。
アンタ、何の話がしたいんケ?

これは失礼しました。

私はある方との出会いから、サラリーマン時代の15年ほど前から、
こうしたタイの山岳民族への支援を行い、
毎年、何人かの子どもたちの里親になり、
これまでにかなりの数の子どもたちのお父さんになってきました。

現在は2人の子どもの父親です。

ピラパ

左がピラパです。(右はお母さん。)

以前から機械いじりやコンピュータが得意で、
今は、自動車整備の学校に通っています。

将来は私の仕事のお手伝いをして欲しいとリアルに考えています。
(結構、本気です。しっかり学べよ、我が息子よ。

ジラポーン

左がジラポーンです。かわいいでしょ。(右はお母さんね。)

凄く真面目な子で、数学が好きです。

前に「将来何になりたいの?」と聞いたら、
「子どもたちを教える学校の先生になりたい!!」
と言って、西ヤンお父さんは泣きそうになりました。

上述したように、山岳民族の4割は国籍を保有していません。

まともな仕事に就くためには、
まずはタイ国籍を取得することが重要です。

そのためには、子どもたちを学校に行かせる必要があります。

しかし、ふもとまで片道6時間かかるような
標高の高い村に住む子どもたちが、村から学校へ通うことは実に困難です。

そのため、親元を離れて山のふもとに建てられた寮で
共同生活し学校へ通っています。

こうした子どもたちが、
寮生活を行い、学校に通えるようにするために、
西ヤンは支援をしている・・・というわけです。

去年は、仲間2人でお金を半分ずつ出して、
子どもたちの寮の隣に食堂を建てたりもしました。

ひよこホーム

子どもたちの後ろの建物が食堂です。

青い看板には西ヤンの名前が刻まれています。

こんな私は、毎年1回は1週間ほど、
タイの北部の町の「チェンライ」の更に北の山深く、
道無き道を進んだ先にある支援先の村に行きます。

こうして山岳民族の大人と子どもとふれ合うのですが、
彼らはこんな厳しい環境下にいるにもかかわらず、
大人も子どももこれがまた目がキラキラと輝いています。

山岳民族の子供

山岳民族の子供

彼らを取り巻く環境は酷い状況です。

上述した山岳民族の現状は、
これでもかなりソフトに書きましたが、
現実はもっと苛烈を極めています。

にもかかわらず・・・、実に毎日が幸せそうなのです。

たいてい、私がタイの村に行くときは、
なにかの不安や悩みを抱えているときが多いのですが、
そうした「不幸っぷり」は、山に行くと飛んで行きます。

「オレ、ショウムナイことに悩んでいるな。」

「オレが不幸せだと思っていたことって、
 ありゃ本当に不幸せなことなのか? おい、オレ。」

こんな風に思ってしまうのです。

これは山岳民族だけではなく、タイ民族も同様。

私が勝手に「厳しい境遇だな」と思う相手は、
私の勝手な妄想をよそに、
自分のことを全力で幸せだと思っているのです。

だからこそ、私はタイ人をリスペクトしているのです。

スゴい人たちです。タイの人たちは。

なんてことをタイに行くたびに思い、
日本に帰ってからはその思いを噛みしめ、
チクと自分のできる範囲で支援をしている次第です。

うーん。

またタイに行きたくなってきました(笑)

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