FRBは政策金利を利上げするのか?(西ヤンレポート2015年8月その2)

しっかし西ヤンレポート、なかなかの難産です。

経済や為替を読み解く上では、
「政策金利」の存在は実に大事な議題ですし、
その議題を解説しようと自ら選択したのですが、
今さら引っ込みなんぞ付けようがありませんが、
心の中では、ああ引っ込ましたいと何度も思ったり(笑)

あ、前回の第1回目の西ヤンレポートをご覧になっていない方は、
先にこちらから熟読なすってください。

西ヤンレポートその1 ⇒ 経済指標の見かたのコツ

なんて泣き言はさておき、
本日も下記の表を利用して解説します。

(クリックすると大きくして見ることができます。)

 

本日は、この表の一番左、1983年から、
サブプライムローン問題が発生する前夜である
2006年までを解説したいと思います。

ですが、今日は1983年からの歴史を解説していますが、
あなたに歴史を知っていただきたいわけではありません。

読みながら一番、気にしていただきたいのは、
歴史を振り返り、そのときどきの世界やアメリカの経済情勢を、
FRBがどんな風に読み解き、
どんな風に判断をしているのか?

・・・これに尽きます。

 

できるだけ正しく理解していただくために、
以下の説明では、
「表(画像)」の「数字」と「色」に対応させて
ひとつひとつ解説しています。

わかりにくいところがあれば、
「数字」と「色」を確認しながら、
今、西ヤンは「表」のどこの部分を解説しているのか、
手で照らし合わせながら読んでみてください。

では参りましょう!!

 

前回、一通りのグラフの説明をしましたので、
経済指標の見かたのコツを解説していきたいと思います。

解説はまず、グラフ左側にある

「始A」で「(2)鉱工業生産指数」が下落基調となり、
「始B」で「(4)消費者物価指数」も上昇が止まり、
「始C」で「(3)失業率」も改善が停滞するという、

いわゆる、好景気が終わり不景気に入るところから、
今回の解説は始まります。

 

FRBが不景気に入ったと判断すると、まず
[1](青色)で政策金利を下げ始めます。

FRBは
[1](青色)で政策金利を下げていくことで、
企業が銀行から資金を借りやすくして、景気対策を始めます。

こうしてFRBが政策金利を継続的に下げ続けていくと、
しばらくすると、法則どおりに
[2](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
下げ止まり上昇に転じ、企業の経済活動が好転します。

すると程なくして、こちらも法則どおりに
[3](黄色)の「(3)失業率」も改善し、
消費者の経済活動も好転します。

 

ここまでで、

 国   (1)政策金利

 ↓

 企業  (2)鉱工業生産指数

 ↓

 消費者 (3)失業率

という好景気の順番が起こり、
経済の順番の最終ランナーの

「(4)消費者物価指数」

までもが、
[4](緑色)にて上昇し始めると、
FRBは「好景気は行くところまでいった」と判断します。

これを放置しておくと、バブルとなって不景気のときの
どん底が深くなってしまうのを危険と見て、
[5](青色)で政策金利を上げて景気を冷やし始めます。

[5](青色)で政策金利を上げ始めると、
「(2)鉱工業生産指数」(オレンジ色)は早くに反応して下落し、
企業の経済活動も悪化し始めますが、
「(3)失業率」(黄色)はなかなか下落せず、
消費者の経済活動が加熱したままです。

しかし、それも政策金利を上げ始めて約一年後の
[6](黄色)の頃には、「(3)失業率」も改善が止まり、
消費者の経済活動の加熱も止まります。

これを見てFRBは、
「好景気が終わり、不景気に転じるのは時間の問題」
と判断し、
[7](青色)で、政策金利の利上げを停止して、
高いままの政策金利を維持に転換します。

[8](緑色)で「(4)消費者物価指数」がじんわりと上昇し始め、
消費者の経済活動が活発化が見て取れます。

これは政策金利の利上げがあまり効いておらず、
好景気がバブルになってしまう兆候にも思えますが、
すぐ後に生じる
[9](黄色)の「(3)失業率」の急落による消費者の経済活動の悪化、
そしてそのすぐ後の
[10](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
0%のラインを下回っての急落による企業の経済活動の悪化を見て、
FRBは「好景気が終わり、不景気に入ったと考えてよい」と判断し、
[11](青色)の「(1)政策金利」の利下げに転じます。

その後、FRBが政策金利を下げ続けて約1年半後、
[12](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
0%を超えて上昇していくことで
企業の経済活動は持ち直したと考えられます。

しかし、
[13](黄色)の「(3)失業率」は
急落で消費者の経済活動の悪化が止まらず、
[14](緑色)の「(4)消費者物価指数」も
下げ基調で消費者の経済活動も悪化しています。

企業の経済活動が消費者の経済活動へと波及できていない
この状況においては、
FRBは政策金利の利下げを継続していきます。

そして、企業の経済活動が消費者の経済活動に影響しはじめた
[15](黄色)の「(3)失業率」の下げ止まりで
消費者の経済活動の悪化が止まったことを確認し、
このころ「(4)消費者物価指数」(緑色)も下落が緩やかになり、
消費者の経済活動悪化が緩やかになってきたのを見て、
FRBは
[16](青色)で「(1)政策金利」の利下げを止め低金利の維持へと
転換します。

 

それから約1年後、
[17](黄色)の「(3)失業率」の改善し、
消費者の経済活動の改善が進み、
[18](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」の上昇スピードが上がり、
企業の経済活動の改善が始まると
アメリカ経済全般に好景気が行き渡ったと判断され、
[19](青色)で「(1)政策金利」の利上げをはじめます。

政策金利を利上げを始めて約1年後、
政策金利に最初に反応する企業の経済活動である
[20](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が下落し始めます。

その後、
[21](黄色)で「(3)失業率」の改善が止まり、
消費者の経済活動の改善が止まると、
FRBはアメリカ経済全般に政策金利の利上げの効果が出たと判断し、
[22](青色)で政策金利の利上げを止め、高金利の維持に転換します。

そして、
[23](オレンジ色)で「(2)鉱工業生産指数」が上昇し、
企業の経済活動が好調となり、
[24](黄色)で「(3)失業率」も改善し消費者の経済活動も活発となり、
FRBとしては、通常であれば過剰な好景気によるバブルを警戒して
政策金利の利上げをしたいところであったであろうときに、
世界的な経済危機が勃発します。

 

時は1997年5月14日。

東南アジアの一角、タイでタイの通貨バーツが、
突如、欧米のヘッジファンドからの売り浴びせを受け急落。

これが世に有名な、アジア通貨危機の始まりです。
(グラフにも中央上部に「アジア通貨危機(東南アジア)」と記載)

これに対しタイ政府は、
タイ、シンガポール、マレーシア、香港の4カ国の中央銀行と共同で、
このヘッジファンドに対抗するためタイバーツを買い支えますが、
急落は止まりません。

ついにタイバーツの急落から2ヶ月も経たない7月2日、
タイ政府は、国庫の外貨準備高をほぼ使い果たし、
ヘッジファンドのタイバーツ売りに対抗するための
タイバーツの買い支えを停止します。

そして、これまでの固定相場制を放棄し、
変動相場制へと移行することになり、
為替相場が変動相場制へと移行したことで、
タイバーツの急落は暴落へと一気に加速することになります。

そして、タイが大暴落となる頃からインドネシアの通貨ルピアも、
欧米のヘッジファンドなどからの売り浴びせを受け急落し、
インドネシア政府もルピアの買い支えで対抗しますが、
翌月8月には、やはりインドネシアも外貨準備高が枯渇し、
為替の固定相場制を放棄、変動相場制へと移行し、
ルピアも急落から暴落へと一気に加速していくことになります。

この通貨暴落の影響は、その後、日をおかずして、
マレーシア、フィリピンなどの周辺諸国へも波及し、
東南アジア諸国の経済は大混乱となります。

 

そして、この影響は日本同様、
アジアでの輸出割合が多かった韓国に波及します。

東南アジア諸国の通貨が暴落し始めると、
韓国のウォンが急落し始めます。
(グラフ中の上部中央に「アジア通貨危機(韓国)」と記載)

経済的につながりの強かった日本の大手銀行にも
韓国の大手銀行からの資金応援の要請が来ますが、
あまりのウォンの急落ぶりに恐れをなした日本の大手銀行は
この応援要請を拒否します。

韓国政府もウォンの買い支えで対抗しますが、
結局、国庫の外貨準備高は枯渇し、通貨急落を止めることができず、
11月21日、IMFに金融支援を要請するとともに、
固定相場制を放棄し変動相場制へと移行し、
ウォンの急落は暴落へと加速していくことになります。

 

それだけではありません。

この頃、アジアでの輸出割合の多い日本においても
このアジア通貨危機の悪影響がでています。

東南アジア諸国とは経済規模の大きさが一桁大きいことから、
通貨暴落には見舞われませんでしたが、
1991年のバブル崩壊後、不良債権を抱えながらも
ギリギリでなんとか経営していた大手企業が、
東南アジア諸国の経済混乱により
日本国内企業の輸出減少のあおりを受けて多数破綻しています。

有名どころでは、

・1997年11月17日、北海道拓殖銀行が倒産
・1997年11月24日、山一證券が倒産
 (社長の涙の記者会見はあまりにも有名)

このほかにも、中堅証券会社や地方銀行が多数倒産しています。

このように、アジアでの経済大混乱という状況を受け、
これらの悪影響がアメリカにも出てくる可能性を考慮して
先ほどの、
[23](オレンジ色)で「(2)鉱工業生産指数」が
上昇し企業の経済活動が好調で、
[24](黄色)で「(3)失業率」も改善し、
消費者の経済活動も活発という、FRBからすれば、
本来であれば政策金利の利上げを行うタイミングでしたが、
それを保留するという判断を下し、
政策金利は現状維持でしばらく様子を見ることになります。

 

アジア通貨危機が起こり、FRBが政策金利の現状維持を続けて約1年。

アジア通貨危機の影響が世界中に波及し、
それまでの世界的な好景気にブレーキがかかり、
世界的な資源需要が大幅に減少してきました。

アジア通貨危機は、
アジア貿易が中心というわけではなかったロシア経済へ
直ちに大打撃を与えることはありませんでした。

しかし、世界経済の好景気へのブレーキにより、
世界的な資源需要の減少傾向は、石油、天然ガスなどの資源輸出が
全輸出の「2/3」を占めているロシア経済には
ボディーブローのように効いていて、
そのボディーブローが、ロシア経済にとって
看過できないレベルまでに達した1998年5月27日。

世界的に資源価格が急落し、
輸出量も激減していたことからロシア財政は火の車となります。

ロシア政府は資金的に困窮し、つい先日のギリシャのように
迫る国債の返済に黄色信号が灯り始めます。

世に言う、ロシア危機の始まりです。
(グラフ中の上部中央に「ロシア危機」と記載)

この困窮状況を打開するために、手っ取り早く資金不足を解消しようと、
それまでもただでさえ高かった政策金利50%を
ロシア政府は、一気に150%にまで引き上げました。
(政策金利が50%であっても異常に高いのですが。)

つまるところ、高金利通貨は買われやすいという、
為替の性質の望みをかけたわけです。

すると、このロシアが政策金利を
50% ⇒ 150% に引き上げたのを見て世界中の投資家は、

・高金利通貨は国債の金利も高い。だから買い!!

という判断をするのではなく、

・ロシアは資金的な困窮がひどい、経済もガタガタだ。
 高金利にしないと国債をさばけないんだな。
 こりゃ資金難でデフォルトするかもな。空売りだ!

という判断をすることで、
ロシアの通貨ルーブルが急落してしまいます。

 

このロシアルーブルの急落を受けて、一週間もしない6月3日。

ロシアは自力での資金繰りを断念し、
アメリカやドイツ、日本などのG7諸国に
100億ドルの緊急融資を要請するに至ります。

このロシアからの緊急融資の要請を受けて、約1ヵ月後の7月14日、
IMFと世界銀行はロシアへ226億ドルの緊急融資で合意します。

そして、これでロシアもなんとか安泰かと思われた矢先、
わずか1ヵ月後の8月17日のこと、
先日合意した226億ドルの融資が全て行われる前に、
またもロシアルーブルが急落してしまいます。

結果、ドルでの支払いのため、
外国人投資家への返済すべき国債の金額が増えてしまい、
またも資金不足に陥り、
ついに、ロシア政府は外国への国債償還(返済)を
90日間停止を宣言、つまりデフォルトとなってしまいます。

このロシアのデフォルトを受けて、
ロシアルーブルは急落から暴落へと一気に加速します。

 

そして、このロシアルーブルの暴落、
つまりロシア危機がアメリカ経済へと波及する日がやってきます。

この当時、アメリカのヘッジファンドで、
「ロングタームキャピタルマネジメント」
通称「LTCM」というヘッジファンドがありました。

あなたも名前を聞いたことがあると思いますが、
このヘッジファンドはただものではありませんでした。

取締役に2人の金融工学のノーベル賞受賞者が入っている
・・・という信用も手伝って、
一般的なヘッジファンドであれば、
その運用規模が100億円とか500億程度、
大きくても2000億円とか、3000億円と言われていますが、
このLTCMは約15兆円もの規模の運用をしていました。

LTCMは1993年設立で
その後4年間輝かしい運用成績を収めていましたが、
1998年のロシア危機が起きたとき、
このLTCMは、ロシア国債を大量に保有していました。

そして、ロシアがデフォルトした8月17日以降、
LTCMは大量に保有していたロシア国債の価格が大暴落し、
多大な損失を抱えることになります。

何を隠そうこのLTCMは、
世界中の大手銀行や大手証券会社から多額の資金を集めていました。

とりわけ、アメリカのヘッジファンドですから、
アメリカの大手銀行から最も多額の資金を集めていました。

もし、LTCMがロシア国債で大損失を出してしまうと
それはそのままアメリカの大手銀行の大損失となってしまいます。

また、アメリカの大手銀行が大損失を出してしまうと、
その大手銀行は資金繰りが厳しくなります。

結果、その大手銀行から融資を受けている
中小企業への貸し渋りへと発展する可能性が考えられ、
最終的には、
LTCMは無関係な一般中小企業へと悪影響が波及する。

・・・こんな風にFRBは考えました。

余談ですが、当時、ウォール街では、
ロシアがデフォルトした8月17日から1ヶ月後には、
LTCMが大量に保有したロシア国債の暴落で破綻するか、
もしくはそれに匹敵する大損失を出すことは周知の事実でした。

(毎月月初に運用報告書を投資家みんなに送っていて、
 9月上旬にはもうみんな知っていました。)
 当然、FRBもLTCMの状況は知っていました。

そして、ロシアがデフォルトした8月17日の翌月の9月、
[25](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」の下落基調も改善されず、
企業の経済活動も下落基調を感じさせ、
[26](黄色)の「(3)失業率」も改善が一服し、
消費者の経済活動も停滞しているように見えなくもない状況となります。

LTCMの大損失がアメリカの一般中小企業へと波及することを阻止すべく、
FRBは、これまでの約3年間の政策金利維持から、
[27](青色)で「(1)政策金利」の利下げを決断します。

 

その後、翌年の1999年1月6日には
アジア通貨危機の余波がブラジルにも飛び火し、
ブラジルでもデフォルトが発生します。

こちらがブラジル危機です。
(グラフ中の上部中央に「ブラジル危機」と記載)

このブラジル危機あたりがアジア通貨危機の最後の余波という感じで、
この後、アジア各国もロシアも通貨暴落が下げ止まり、
落ち着きを見せるとともに、
あの世界最大のヘッジファンドLTCMも
アメリカの大手銀行からの緊急融資で破綻は逃れて、
数年かけて緩やかに解体することが決定され、
アメリカ経済にとってのここ数年のリスクが解決されます。

するとFRBは、アメリカ経済の舵取りに専念できるようになり、
[27](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」の安定推移で、
企業の経済活動も好調となり、
[28](黄色)の「(3)失業率」の改善傾向を見て、
好景気が消費者の経済活動にまで浸透したと判断し、
これ以上の景気過熱はバブルを起こしかねないと考え、
[29](青色)の「(1)政策金利」の利上げを決断します。

 

FRBが利上げを開始してから約1年半後、
ITバブルがはじけます。

ITバブルとはIT企業の株価が急上昇した好景気のことです。

1997年、1998年の世界的な景気後退期に
たいした景気後退がなかったアメリカ経済にとっては、
1993年からの長期好景気の最後の最後の一花いうことになります。

このITバブルの崩壊により、
[30](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
下落基調となることで企業の経済活動が停滞、
[31](黄色)の「(3)失業率」が悪化することで
消費者の経済活動も停滞となったと判断し、
FRBは、
[32](青色)の「(1)政策金利」を利下げに転換します。

FRBの利下げ開始から約1年、
[33](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が下げ止まることで、
まず企業の経済活動の下げ止まります。

そして、
[34](黄色)の「(3)失業率」の悪化が下げ止まることで、
消費者の経済活動も下げ止まりが見てとれます。

これによりFRBはとりあえず、不景気の底に到達したと判断し、
[35](青色)で「(1)政策金利」の利下げをやめて、
維持に転換します。

しかし、
[36](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
またも下落基調となり、
これに、
[37](黄色)の「(3)失業率」の悪化まで加わることで、
FRBは、まだ不景気の底に到達していないのではないかと考え、
[38](青色)の「(1)政策金利」の利下げをしてみて、
様子を見ようとします。

そして、
[39](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が上昇基調となり、
企業の経済活動が活発化し、
[40](黄色)の「(3)失業率」の改善傾向となることで、
消費者の経済活動の活性化を読み取ります。

そこへ、
[41](緑色)の「(4)消費者物価指数」の上昇も見てとれると、
FRBは、
「消費者の経済活動の最終ランナーまでもが
 上昇となっているのであれば、
 好景気の余波はアメリカ経済全体へと行き渡った」
と判断し、
[42](青色)の「(1)政策金利」の利上げを開始します。

その後、
[43](オレンジ色)の「(2)鉱工業生産指数」が
一旦は上昇基調が止まりますが、0%より上での推移します。

そして、
[44](黄色)の「(3)失業率」は悪化せずに改善傾向となります。

この状況は企業の経済活動にはある程度の上昇一服の兆しはあるものの、
消費者の経済活動はまだまだ旺盛で、政策金利の利上げの効果が
アメリカ経済全体に及んでいないと読み取り、
政策金利の利上げはそのまましばらく継続となります。

(好景気がバブルになる前に、好景気を終わらせる道筋をつくることです。)

 

・・・こうして2006年6月。

一つの事件が起こります。

その事件は発生当初、誰も別に事件とは思いませんでしたし、
アメリカ経済、そして世界経済にまで激震を与えることになるとは
誰一人としても考えもしませんでした。

そうです。

その事件とは、1997年6月頃から上昇し続けていた
アメリカの住宅価格の上昇がついに止まったのです。
(グラフ中の上部に「住宅価格の上昇が止まる」と記載)

 

はい。

今回はここまでとし、
次回の「サブプライム問題から現在。FRB政策金利のゆくえ。」が、
西ヤンレポート2015年8月号の最終回となります。

どうぞお楽しみにしてください。

サブプライム問題から現在。FRB政策金利のゆくえ。

 

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